畑耕一翻訳 M・R・ジェイムズ怪談集
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かりあ 丘から二百ヤードばかり来た時、ロングはふと気がついたように、パクストンへ声をかけました。 『やあ、君はあすこへ外套を忘れたな。そいつはいかんよ。ねえ?』 そう聞けば私もたしかに見たのです。―長い黒い外套が、トンネルのそばへ置いたままになっていたのを。 パクストンは、だが足をとめませんでした。彼はただ頭を振っただけで、腕にかけた外套をさしつけました。そして私たちが彼といっしょになった時に、彼はべつになんでもないように、平然として言いました。 『あすこにあった外套は、私のじゃあなかったのです。』 そして実際の話ですが、も一度私たちが振り返って見た時には、あの黒い外套はなくなっていました。 さて私たちは、道踏に出て足早やに帰途につきました。旅館に着いたのは、つい十二時前で、ロングと私は、ほんとに散歩にはもって来いの、美しい夜だったと、言いつくろいました。旅館の靴磨きは、私たちを迎えるために窓のところにいました。私たちは旅館へはいった時、彼の嫌味をなだめるように話しかけました。彼は玄関の戸をしめる前に、海岸のほうをもう一度ヂロヂロ見やって言いました。 『お客さん方は、多勢の人たちと、お出あいなさいませんでしたかね?』 『いいや、誰にも会やしなかったよ。ほんとうに。幽霊一人にだってね。』 と、私が言いました。私はおぼえていますが、この私の言葉に、パクストンは変な顔をして私を見ました。 『私は誰かが、あなた方のうしろで停車場の道に現われるのを見たと思いましたがね。』と靴磨きは言いました。『でも、あなた方は三人御いっしょだったので、そいつが悪者だとは思いませんでしたが。』 私はなんと答えていいかわかりませんでした。ロングはただ『おやすみ。』と言いました。そしてわれわれは、靴磨きに、灯火をみな消してしまってベッドにはいるからと約束して、二階へあがって行きました。 私たちの部屋へ帰ると、私たちはパクストンに、元気な考えを起させるよう、大いに努力しました。― 164 ―

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