った。ドアとか鍵とかいったものが、彼の思つたような障碍物であるだろうか?だが、それは、その瞬間、彼の考えることのできたすべてだった。そして実際、なにごとも起らなかった。ただ、そこには、どうしたらいいかという、みじめな疑倶を伴う、するどい懸念の時があるだけだった。この衝動は、言うまでもなく、こんな恐ろしい「同居人」のいる家なんか、できるだけ早く御免蒙りたいということだった。だが、ついこの前日、彼は、すくなくももう一週間滞在しようと言ったのだった。それでたとえ彼が計画を変えたといったにしても、たしかに、用もない部屋を覗き見したという疑いを、どうしてまぬかれることができようか?その上、ベッツ夫婦が、あの「同居人」―まだ家を退散しない「同居人」について、なにもかも知っているのか、或はまるで知らない―それは、つまりなにも恐るべきものはないというのと同じ意味だが―のか、或はまた、部屋を閉鎖すべきことは、十分承知していながら、それにしても心配の種というまでにはならないのか、いずれにしても、それはさほど恐るるにあたらぬようにも思われた。そしてたしかに、そこまでのところトムソンは、なにも嫌な経験をしたわけではなかったのである。大体からいって、さし障りのない限り、滞在すべきであった。 で、トムソンは、その週間中滞在した。どうしてもあのドアのことが、忘れられなかった。時々彼は、ためらいはしたが、昼でも夜でも、静かな時に廊下で、ジッと耳をそばだて、あの方向から来る音は、すこしも聞きのがすまいとした。読者は、トムソンが、この宿屋に関係した話を、たぶんベッツでは駄目だが、教区の牧師なり、村の老人達なりから、狩り出そうという或る企てをしただろうと、考えられるかも知れない。だが、いや、奇怪な経験をもち、またそれを信じた人の、普通陥る沈黙が、彼にのしかかった。それにもかかわらず、滞在の終りが近かづくにつれて、なにか解釈をつけたいという彼の熱望は、ますます強くなった。ひとりで散歩の時、彼はもう一度昼間に、あの部屋の中を一瞥すべき或る方法、最も目立たない方法を、考え出そうと頑張った。そして遂に、こんなたくらみを思いついた。―それは、午後四時頃の汽車で、ここを出発することにし、貸馬車が彼の手荷物を積みながら待っている間に、― 108 ―
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